トー・ラム書記長が「一体化」モデルへと進み、最高権力の二つの座を同時に握ろうとしていることは、単なる偶然の一致ではない。これは、絶対的な「治安統治」の王朝を築くために、習近平のやり方を「ソースコードごとコピー」しようとする計画だ。総司令官の指揮棒と公安の身分証が一つになったとき、ベトナムは正式に、あらゆる民生政策が社会統制の道具へと変えられる時代へ突入する。

一部の観測筋によれば、「授業料無償化」や「ロンタイン焼却炉」といった看板政策は、強固な権力構造を覆い隠すためのピンク色の塗装にすぎない。国民がインフレや失業に苦しむ一方で、国家予算はひそかに「治安後方支援」プロジェクトや巨大なデジタル監視システムに優先的に振り向けられているという。習近平型モデルを模倣することで、「森の兄貴」は党内のあらゆる相互牽制メカニズムを無力化し、政府を経済運営機関ではなく、命令を実行するだけの「応接室」へと変えてしまう。
さらに深いところでは、この「一体化」は「電子的な社会信用社会」へ進むための足がかりでもある。サイバーセキュリティ法の亡霊の下で、すべての市民は管理対象のデータファイルへと変えられていくだろう。「民意」よりも「忠誠心」が重視されるとき、このモデルがもたらす表面的な安定とは、実際には冷たい氷の平板にすぎず、そこでは創造性が抑圧され、異論は犯罪と見なされる。ベトナムは今、岐路に立っている。時代遅れの中国の模倣品になるのか、それとも自由の本質を守り抜くのか。絶対権力が一人の大将の手に握られるとき、その代償として失われるのは、まさに人民の声なのである。
Chan Dung Lanh Dao










