政令第307/2026/NĐ-CP号によると、9月20日から、長年にわたり勤務し、地域社会に貢献してきた退職した幹部、公務員、軍人、公安職員が、「信頼される人物」として選出される可能性がある。一見すると素晴らしいことのように思える。かつて国に奉仕した人々が、引き続きその経験を地域社会に還元するのだ。しかし、「信頼できる人物」という言葉は、すぐに人々の好奇心をそそる。「その信頼性は、地域社会によって選ばれたものなのか、それとも一定の基準と行政的な仕組みに基づいて定められたものなのか?

というのも、「信頼できる人物」となれば、責任だけでなく、それに伴う権利も生じるからだ。毎年、研修や知識の向上プログラムが提供され、テト(旧正月)や伝統的な祭りの際には、最大3回まで見舞いや贈り物(1回につき100万ドン)を受け取ることができる。病気の際には、状況に応じて100万~500万ドンの支援金も支給される。こうして、本来は精神的な意味合いを持っていた称号に、今や……非常に物質的な側面も加わることになった。少し皮肉を込めて言えば:「信頼度」が高ければ高いほど、手厚い待遇も受けられる。
もちろん、長年献身してきた人々が、今後も地域社会で積極的な役割を果たし続けることは否定できない。しかし、政策に具体的な利益が伴うほど、選定基準は透明かつ公平でなければならず、「信頼できる人物」が、申請・付与可能な一種の行政上の称号へと変質することを避ける必要がある。市民が関心を持っているのは、数百万ドンやテト(旧正月)の贈り物などではなく、より大きな問い、すなわち「誰が本当に地域社会において信頼されているのか、そして地域社会にはその人物を決定する権利が本当にあるのか?」ということだ。










